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2011年08月04日

剱岳〜上ノ廊下遡行

【報告者】 島地瓶
【日 時】 2011年 8月4日〜10日
【参加者】 島地瓶、上原(立命館大山岳部OB、ロッジくろよん〜黒部川源流まで同行)、野口(同)
【行 程】 室堂〜剱岳〜黒部ダム〜奥黒部ヒュッテ〜上ノ廊下〜黒部川源流〜鷲羽岳〜三俣蓮華岳〜小池新道〜新穂高温泉 
【山行名】 剱岳〜上ノ廊下遡行

8月4日 熊本出発〜京都
 17時に仕事を終え、妻の運転する車で肥後大津駅へ。道路の混雑次第では乗り遅れるかもしれず、全行程で最もハラハラした。到着した時は出発まで4、5分の猶予しかなかった。熊本駅で会長からタープと無線機を受け取り、新幹線で出発。博多で乗り換え、22時14分に京都着。新大阪発の室堂行き夜行バスに乗るのに、新大阪では乗り換え時間が厳しく、バスが大阪から京都に向かっている間に、新幹線で京都に早回りする作戦。結局バスが着いたのは23時を過ぎで、かなり待たされた。


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「室堂のみくりが池」



8月5日 晴れのち雨 室堂7:12 剱沢9:30〜10:00 剱岳12:22 剱沢14:08
 バスはシートが固く殆ど寝られなかった。早朝の室堂は素晴らしい快晴。寝不足のため剱沢にテントを張ったら本峰アタックをしないつもりになっていたが、歩いていると頭痛や眼の奥が重たい感覚がすっと消え、快調になってきた。登山者や観光客でごった返す室堂を抜け、雷鳥沢テント場を経て雷鳥坂の上りにかかる。45リットルのザックに6日分の食料、沢装備、テントなどを詰めて20キロ弱になっている。もう少し軽くするつもりだったが、いろいろ入れると結局そのくらいになってしまった。
 剱沢への下りに入って驚いたのは剱沢小屋が見当たらないことだ。テントの受付をするときに聞いてみたら、下に移転したということだった。
 剱岳の本峰は別山乗越にさしかかるころから雲に隠れはじめており、登っても展望は楽しめないとはわかっていたが、本格的に崩れそうな天気でもないため、アタックに向かう。雪渓をトラバースして剣山荘へ、別山尾根ルートは下ってくる登山者が無数にいた。流行りの山ガールの格好の女性がたくさんいたが、ほとんどは服装だけで、ガールと言える年齢ではなかったため羊頭狗肉ではないかと思った。勝手に「山ガール風」と命名し、山頂を目指した。いきなり高山に来たせいか、前剱の登りくらいから息が切れる。何度も立ち止まっては呼吸を整えた。山頂でガスの切れ目から八ツ峰方面を観察したり、源次郎尾根で懸垂下降するパーティーを眺めたりして20分ほど休憩した。
 テントに戻ってしばらくして会長ら4人が到着。小屋に移動していった。その後雨が降り出し、風こそ殆どなかったがそれなりの量が降った。浸水はしなかったが、グラウンドシートの裏に水が流れ、タプタプしている。温度差による結露で装備が濡れそうになっていたので、置き方を変えるなどして意外に大変な一夜だった。

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「雷鳥坂の登り始め」


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「剱沢テント場」


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「平蔵のコル付近」


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「劔岳山頂」
8月6日 曇りのち雨 剱沢4:30 真砂沢ロッジ5:44 ハシゴ谷乗越7:20黒部川9:58 黒部ダム11:08 ロッジくろよん11:42〜14:20 平の渡し17:00 針ノ木谷出合避難小屋17:34

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「剱沢の夜明け」


 あまり眠れなかった。回りのテントが起き出したのに合わせ、そそくさと支度して剱沢の下りに入った。夜半に雨は止んでいたが朝焼け空で早くも剱岳山頂付近に雲がかかり始めている。朝の雪渓は雪が締まり、軽量化のためピッケルやストックを持っていなかったせいでこけまくった。真砂沢ロッジに到着してオーナーの佐伯さんに「数年前小屋開けを手伝った者です」と名乗り出たら、憶えていてくれた。コーヒーをごちそうになり、ハシゴ谷乗越への経路も説明してもらった。
 ここから黒部川までは大学1回生の時に一度通っているが、どんなところだったか全く記憶にないので再確認したくて日程に入れた。ハシゴ谷乗越は名前の通り、峠付近に木のはしごが連続し、剱沢や長次郎雪渓などが見渡せる。すでに中腹以上は雲の中だ。会長たちのアタックはどうなっているのだろうと気になった。
 内蔵助平に下る。背丈を超える藪の中、丸石がごろごろした道をひたすら下る。展望はなく、歩きにくい。なぜ記憶が残っていないか納得できた。内蔵助谷と合流する地点ではぬかるみにはまり、靴が完全に濡れた。ここから黒部川までの下りはジメジメして滑りやすい急傾斜でさらに厄介だった。丸山東壁を見ることができたことだけは良かった。
 固定ロープにすがって黒部川沿いの歩道に降り立つと程なく雨が降りだした。雨具を着て歩くが、蒸し暑くてすぐに雨具の中もびしょびしょ。早くダムに着きたい一心で休憩も取らなかったためシャリバテ警報が鳴りっぱなしになる。あと少しでダムというところで諦めてザックを下ろし行動食を食べた。ダムへの入り口は地味な鉄の扉。中に入り便所の横を通り抜けるとトロリーバスの道だった。ターミナルを通り抜け、ダムの上を歩く。ダイナミックな放水を眺め対岸へ、雨がザーザー降る中、湖岸の道を暫く歩いてロッジくろよんに到着。テント場の脇にあるトイレ棟の軒下で雨宿りして扇沢から入山してくる上原と野口を待った。一時的に雨がやみ、日が差してきたので濡れた装備を天日干しする。しかしまた雨が降り始めた。
 2時過ぎに2人が到着。計画ではここまでとしていたが、明日以降の行程を考えると17時の渡し舟で対岸に渡っておきたいということで一致。コースタイムは3時間だが、あと2時間40分しかない。急ぎ足で湖岸を歩きなんとか間に合わせた。情報通りものすごいハシゴ場があったが、全体的には想像よりアップダウンが少なかった。必死に渡し場まで来たのだが、船頭さんは10分以上遅れて現れた。こんなことなら急ぐこともなかったのに。
 渡し場から避難小屋までは10分程度。ここも階段がきつかった。避難小屋は土間と板張りがあるだけで出入り口の扉などはない。近くに水場もないので結構歩いて針ノ木谷まで降りて確保した。川面にもやがかかるほど流れは冷たく、明日からの遡行も同じくらいに冷たい水との闘いなのかと気合が入った。

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「ハシゴ谷乗越へ」


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「黒部川」


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「黒部ダム」


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「渡し舟」


 8月7日 晴れ 避難小屋5:06 奥黒部ヒュッテ7:08〜8:00 下の黒ビンガ8:57 口元のタル沢出合10:30〜中のタル沢出合13:00
 一晩中木の枝から滴がポトポトと小屋の屋根に落ちていたが、天気は回復していた。全員沢のウェアを着て出発。雄山のピークなどが見える湖岸の道を行く。水は薄いブルーで大変美しい。こちらも崩壊地に丸太で作った通路やハシゴが架けてあり、スリルがある。
 奥黒部ヒュッテの近くまで来ると、平坦な砂地を小粋な踏跡が通り、いつまでも歩いていたい気持ちになる。そのうち、東沢に架かった丸太橋が出てきてそれを渡ると小屋の前に出た。
 小屋に計画書を提出。この日はすでに2パーティーが入渓しており、2日前に入ったパーティーが敗退してこなかったので、遡行に成功しているだろうとの事。小一時間かけて準備して出発。東沢の橋のたもとから河原に降り、合流点まで下る。広い河原に透明な流れが走る。いよいよ上ノ廊下の始まりだ。
 いきなり渡渉があり、腰から腹くらいの深さ。全員ファイントラックの上下を着用し、その上に薄手ウエットや雨具を着る者もあり、水の冷たさは我慢できる範囲だが、水流が強く、脚がよろめく。下流に押し戻されるようによたよたと進み、浅瀬にたどり着く。水圧で沢用スパッツがめくれる。左岸のゴーロの河原を歩き上流を目指す。しばらく歩いていると上流から5人ほど下ってきた。そのパーィーは「下の黒ビンガの手前に死体が浮いていて、岸に上げてきた。これから小屋へ通報に行く」という。一行に動揺が広がる。遡行を続けると、左岸に大岩壁、下の黒ビンガが見え始めた。深い急流が現れ、フリーでは渡れないので初めてロープを出した。大倉が空身で泳いで、流されながら突破。セカンドはヒゲで渡渉。ラストは大倉のザックをロープに結びつけて渡渉。先に渡った2人で引き寄せた。
その直後、行く手の河原に遺体を横たえてあるのが目に入ってきた。一人ずつ手を合わせ、冥福を祈った。また、遡行を中止し下っていった先行パーティーに対してもかたじけない思いで一杯だった。
下の黒ビンガではもう一度ロープ渡渉し、側壁のへつりなども交えて進む。岩場ではステルスラバーが良く効いた。左から口元のタル沢が流れ込むと本日最大の難所となるゴルジュが始まる。ガイドブックを参考に、右岸をへつって前進するが、途中から足が付かなくなって、泳いでも押し流されてしまう。いったん浅瀬に後退し、腹程度の渡渉で左岸に行き、バンドをトラバースすることに。バンドの下は白く泡立つ激流だ。残置スリングをつかみ、1回目のトラバースに成功。対岸にも残置スリングやカラビナが複数見える。こちら側よりも悪そうだ。再び壁になり、水線通しではへつれそうもない深い激流だ。10mくらいの岩場をブッシュに向かって登ると薄い踏み跡らしきものがあり、そこを乗り越えると安全に下ることができた。しかし、難所はまだ続く。対岸の河原に移るため上原にロープを引いてもらい渡渉しようとしたが、流されそうになり戻ってきた。高巻きも考えたが今度は岩が登れそうもない。やはり渡渉しかないという結論が出るまで十数分足止め。下流は白波が立つ激流。流されると浮かぶのも難しそうだ。そこまで行く前に対岸にたどり着く必要がある。再び大倉にお鉢が回ってきた。空身でロープを引き、できるだけ上流まで行って流芯に向かう。足がつかなくなり、あっという間に流されていく。やばい、と思った瞬間足が水中の岩に着き、思いっきり踏ん張るとともに手がかりを探す。なんとか立ち上がることができ、ほっと一息。浅瀬にあがり、ロープを岩に結び付けて確保体勢を取った。野口、上原も続いて核心を越えた。
巨岩で埋め尽くされた崩壊地を抜け、廊下沢を過ぎると、幅200bもある広河原に出た。午後になり青空が曇り出す中、延々と河原を歩き上端にある中のタル沢出合へ。砂地に流木を立てたビバーク跡があった。時間的には金作谷出合いのビバークポイントまで行けそうだったが、結構疲れていたこともあり、ここで切った。タープを張り、ぬれた装備を乾かしたり、ビールを飲んだり穏やかな午後を楽しんだ。後続パーティーもなく3人の貸し切り状態。夕方からはたき火をして、夜は星空を眺めた。
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「ゴルジュへ突入」


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「奥黒部への難路」



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「側壁から落ちる滝」


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「上ノ廊下」


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8月8日 晴れ 中のタル沢出合6:17 金作谷出合7:21 立石11:30 薬師沢小屋14:56
明るくなって撤収。上ノ廊下最大の見せ場であり、日本を代表する渓谷美を誇るとされる上の黒ビンガが始まる。谷底まで日が当たっていないが、両側に展開する岩壁や岩壁から落ちる白い滝の眺めは最高。腹くらいの深さの渡渉を何度かする。エメラルドグリーンの水がスーッと走り、感慨無量だ。そのまま進むと金作谷が右側から落ち込む。下から上まで雪渓が詰まっていて、対岸も河原にブロック状の残雪で覆われていた。こんなところでビバークしたらさぞかし寒かっただろう。休憩後二つ目の核心、金作谷出合上部のゴルジュへ突入だ。
左岸沿いにへつっていくと胸くらいの深さになる。足が着かなくなり、どうにも進めないのでラッコ泳ぎの体勢になり、水面付近のホールドを足で蹴って次のホールドをつかむ。そして10aほど水没した岩にマントリングで乗り込んだ。これが資料に「岩からジャンプして流芯を越える」と書かれている場所だろう。集中してジャンプ。着水したら足が届かず、ヘルメットの中まで水が入ってきた。浮上後、流されながら泳ぐと浅瀬に着いた。残りの二人も飛び越えて突破。ジャンプするところは上流にもう一カ所あった。ゴルジュが終わって河原を歩くと寒くてたまらず、ガタガタ震える。谷底まで届き始めた日光が当たっている場所で休憩した。行動食を食べ、日光に当たりながら大休止した。下手をすると低体温症に陥りかねない状況だった。前日のビバークが金作谷出合だったら、時間的に日光に当たることもできず、もっと悲惨だっただろう。そういう意味でも前日は良い判断だった。
日が差してきた谷を登る。さわやかな青空に白い岩、輝く水流、木々の緑。これぞ上ノ廊下と言うべき非の付け所がない景観。至福の遡行が続く。流れが狭くなる「スゴの淵」をへつり、しばらく行くと釣り人に出会った。立石にテントを張っているという。休んでいるとその釣り人が登ってきてしばし話し込んだ。立石のプールで水泳を楽しむなどして遡行を続ける。核心を越えたとはいえ、まだまだ面倒な渡渉やへつりが続くなか、左側に立石奇岩が見えてきた。角度によっては衣をまとった聖人のように見える。ここの上流あたりから水が濁り、水中の石にも泥が付着するようになってきた。上流なのに水が汚くなるのかとがっかりしていたが、高天原からの登山道が合流した地点の上流で斜面の崩壊地(A沢付近)から泥水が流れ込んでいるのを発見。それより上流は再びエメラルドグリーンに戻った。
夏の日差しの中河原歩き。暑くなったら水に飛び込んで体温調整して行動する。こんな美しい場所が日本にあるのかと胸が熱くなる。行く手につり橋が見え、ついに薬師沢小屋に到達したのが分かった。源流部はビバーク禁止だというので、小屋に素泊まりを申し込んで装備を解く。スタッフによるとここまで登ってきたのは2パーティー目だという。「まだ水量が多いのに、ペースが早い」と驚いた様子だった。

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「出発」


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「上の黒ビンガを行く」


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「スダレ状滝」


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「金作谷」



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「ゴルジュをへつる」


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「青い水と白い石」


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「休憩中」


8月9日 晴れ 薬師沢小屋6:00〜赤木沢出合7:07 登山道10:48 源流12:05 鷲羽岳13:18 三俣山荘14:05〜20:15 双六小屋22:30
小屋の下から入渓。いきなり腰までの水深で寒い。河原を進むと滝が出てきて、そこを越えたら赤木沢出合だった。北アルプスの稜線に囲まれ、朝の光に水がきらめく。なんとすがすがしい光景だろう。美しい平流をたどり、五郎沢、祖母沢、祖父沢の出合いを過ぎると傾斜が増してきた。三俣蓮華岳の下くらいから雪渓も出てきた。何度も雪渓を越えると、三俣山荘と雲の平を結ぶ登山道にたどり着いた。一般的にはここで遡行終了だが、我々は最初の一滴を目指して岩苔乗越を目指した。
横に登山道が通り、流れは徐々にチョロチョロとしたものになっていく。あの黒部川がこんな細い流れになるなんて不思議な思いだ。最後はがれ場の一角から水がしみ出していた。

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流れに口を付けて味わう。冷たく、何とも言えない甘みが印象的だった。
高瀬ダムへ下山する上原、野口とはここで別れて再び単独に。岩苔乗越に上がり、裏銀座縦走コースを行く。このころには雲が広がり、展望はなかなか得られない。鷲羽岳を経て三俣山荘に下った。下る途中で天気が回復し、槍ケ岳北鎌尾根や三俣蓮華岳、先ほど登ってきた黒部源流が見えた。腹が減ってしょうがないので三俣山荘のテント場にテントを立てた後、山荘に行き、食堂で焼きそばを食べた。
テントで夕食も食べ、寝るつもりだったが、いざ寝袋に入ってみると地面が傾斜していて、背中の筋肉が張ってきた。こんな状況では一睡もできないのは明白だった。翌日できるだけ早い時間に新穂高温泉に下山したいこともあり、思い切って撤収、双六小屋までの移動を決意。急いで荷物をまとめ、月夜の稜線に出発した。ヘッドランプを消しても歩けるくらい明るい月夜で、槍ヶ岳や薬師岳の山容が浮かび上がり幻想的な風景だった。小屋に着くとトイレか何かで起きている人がいて、びっくりしていたので丁寧に事情を説明。平らな場所にテントを張ってつかの間の安眠を得た。

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「水中写真」


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「スノーブリッジをくぐる」


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「雪渓を登る」


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「祖父岳の山腹」


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「夕方の槍ヶ岳」


8月10日 曇り後晴れ 双六小屋3:52 鏡平5:21 ワサビ平7:44 新穂高温泉8:42〜高山、名古屋経由で帰宅
3時起床。コーヒーだけ飲んで出発。夜露がひどい。始めは星が見えていたがだんだんガスにまかれてきた。小池新道分岐から下り始めると、登りの登山者と擦れ違うようになってきた。鏡平にはトレランの格好をした男女4人組もいた。ここから新穂高温泉までの区間はこれまでほぼ皆無だった山ガールが結構いた。ワサビ平からの林道を温泉に入りたい一心で飛ばし、ついに下山。昔はバス乗り場の近くに無料の温泉があったが、なくなっており、一番近い宿の日帰り湯に800円で入ってスッキリした。あの状況なら5000円でも喜んで支払ったであろう。
15分ほど温泉につかり、高山行きのバスに乗車。高山からは鉄道を乗り継いで熊本へ帰った。

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「鏡平山荘」


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「新穂高ロープウェイ」


感想
なかなかまともに夏休みをとれない年が続き欲求不満はマックスになっていたが、なんとか6日間丸々取れるよう手を尽くして休暇を確保した。普通の縦走以上の山行にしたいと、何パターンか考えて同行者を募ったら大学山岳部の後輩2人が応じてくれたので計画を確定させた。ファイントラックの上下を始め装備も調え、万全の体勢で臨んだ。あとは天気次第。梅雨は早く明けたが、出発前には北陸で豪雨災害もあり、不安がよぎる。入山初日、2日目に雨が降り、一時は諦めムードが漂ったが、上ノ廊下に入ってからは好天が続き最高の展開だった。後輩2人も主将経験者だけあって自分が何をするべきか分かっていてやりやすかった。ロープを出した時に、最後に使った人がきれいにまとめて手渡してくれたことなど、当たり前といえば当たり前のことが気持ちよかった。そのことを話したら「OBで主将経験者じゃない人の方が珍しいですよ」と返された。
下山で通ったルートが急に陳腐で平凡なものに思えてしまうほど、上ノ廊下は厳しくも美しかった。そして、核心部をトップで突破できたことは大きな自信につながり、岳人としてのステップアップを実感できた。もうこれで十分という気持ちより、高度なルートを目指したいという欲望が強くなった。
posted by asobow at 00:00| バリエーション